花形装飾活字を愛でる その68

紹介しておりますエンスヘデ活字シリーズ60の花形装飾活字のアウトライン化したデータ差し上げます。
詳しくは
http://www.fengfeeldesign.org/をご覧ください。
お待ちしております。

パターンについて。
版を構築するには、
役割や状況に合わせて特定の装飾を選ぶ事になります。
たくさんの種類では選ぶには四苦八苦するので、
前回まで4回に亘って紹介しましたパターンのように、
少なくする事で選択の余地を軽減する事が出来ます。
選択の幅が狭まる事で、
構築のクオリティアップにも繋がりますし、
オリジナリティでさえパターン化する事が出来るので、
装飾活字を扱う際には非常に重宝な存在です。
というのは前回までの講釈でして、
今回はもう少し突っ込んで書きます。

パターンの構築という視点をどこに持つかというのは重要です。
今までこちらの解説では個々に「組む」という視点でのみ書いてきましたが、
パターンの構築の理由は実は「組む」というく利便性のアップだけでなく、
紙面を構築する際の共通性を持たせる役割があります。
例えば50ページくらいの紙面を構成する場合に、
1ページ毎がバラバラのパターンでは統一性に欠けます。
また逆に1つだけのパターンだとそのランダム性にも欠けて、
なんともつまらないものになります。
そんな時に、
そのページの構成を踏まえてパターンを予め決めておき、
共通のテーマや、
その内容に併せて、
パターンを変えたり同じにしたり、
単に装飾を彩るのではなく、
1つのアイテムとしてパターンを構築していく事で、
よりエンスヘデ活字シリーズ60の花形装飾活字を使いこなせたといえます。

これ程までに小規模から大規模までに対応している装飾活字はめずらしいと思います。
版の形状や特性を知り、
組み方の基本を踏まえて、
より深く個々の追求を行い、
独自のパターンを作り、
それらを駆使して紙面を作っていく、
なんとも教科書のようですが、
何もマニュアルもないのに、
全部教えてくれます。
使えば使うほどにその自由度が増し、
まだまだ底を知るところではないのがわかります。
そして1つの仮説が考えられるのです。
これは制作者は予見していたのではなく、
実は単に奥がない限りなく深い自由のプールを作っただけなのではないでしょうか。
それを今こういう解釈で見ているだけなのかもしれません。
ですが、
当時は産業革命の直球ど真ん中の時代でもあり、
印刷技術が飛躍的に伸びた時代でもあります。
多量の紙面の印刷物が大量に刷られる状況は容易に予想出来たはずです。
限りなく現代のグラフィックデザインの考え方に近い発想で作られているというのは、
書いて参りましたが、
だとすれば1900年代のデザイン創世時代の基礎がここにあったという事になります。
で、パターンの話に戻ります。

次に、
このパターンのやり方を今のグラフィックデザインに置き換えて考えると、
いかにその発想の元に対して追及が成されていないのかがわかります。
故にそのパターンの構築というところまでいけてないのである。
もしそのパターンの構築があるとするならば、
「文字」という事になりよります。
「文字」という自由のプールにはどっぷりつかる事は出来るでしょう。
それはつまり基本なのです。
文字だけではその紙面の整理性には限界があります。
わかりますかね、
つまり、
花形装飾活字と文字活字とそれに付随する装飾絵で構成していた時代よりも、
現在のグラフィックデザインは、
その1つの紙面に対する「元」がなってないんです。
現代における技術的な開放については先日書いたばかりですが、
1つのポスターでさえその追求は浅はかであると、
大きな口で言いたいと思います。
技術の開放は結果の確認を安易なものにしました。
いろいろ試せます。
それを否定するつもりはありませんが、
フォーマットの部分を我々はずっと作り続けている状態なんです。
もしくは、
定められたフォーマットでしかそのパターンを追求していない訳で、
フォーマットの浅はかさが、
現在のグラフィックデザインのレベル低下に拍車をかけています。
フォーマットを皆が頑張って作っているのにも関わらずオリジナリティを確立出来ないのは、
それが自由のプールではなく、
限られたパターンでしかそれを構築出来ない事にあります。
フォーマットにはオリジナリティは存在しません。
なんといってもフォーマットですから、
それらを構築するパターンにこそオリジナリティが存在すると考えています。
ではグラフィックデザインとは何か。
これについては話題が変わるので次回以降に置いときます。

アイテムによってそのパターンのあり方を考えるという方法。
是非試してみてください。